リアルでの経験があるからこそ、おもしろいゲームが作れる

前回は、エンジニアの働く環境の変化について説明し、感性を磨くため、電脳空間以外でも遊ぶことが必要だとお話しました。
これはすべてのエンジニアやIT業界で働く方に当てはまるわけでなく、いわゆる「オタク」の方に見られる傾向なのですが、彼らにとって電脳空間とはお花畑のような場所。たまらく居心地がいいわけです。
以前、私はオタクの方に向けて「現実世界で恋をしなさい」とアドバイスしたのですが、これに対して多くの反論が寄せられました。彼らの言い分は「現実世界の女性は泣くはわめくは、気まぐれですぐに裏切るし、手に負えない。それに比べて二次元の女性は可愛らしく、これほど素晴らしい存在はない」というわけです。確かに彼らがハマる恋愛シミュレーションゲームに登場する女性は、そういった点で理想なのかもしれません。
ところがこれを、クリエイターの視点で見ると、どうでしょうか。仮に作り手側が電脳空間の住人だと、こういったゲームは作れないはずです。現実に恋愛し、そういった経験があるからこそ、ゲームという形に昇華できるわけです。電脳空間のなかで恋愛ゲームが上手くなっても新しい物は作れません。
「技術」と「芸術」が融合してはじめて高い付加価値が生まれる
前回、エンジニアの世界にもアートが求められようになったと述べましたが、それには、「技術」と「芸術」の2つの意味でです。それが融合された時に、はじめて高い付加価値が生まれるのだと思います。
ここでも自動車を例に挙げると、日本のセダンはパーフェクトです、本当は。ところがなぜ、それよりも何倍もの価格がするフェラーリを買う人がいるのでしょうか。それは言うまでもなく、フェラーリには、自動車の基本性能以外に「妖艶」という、アートの部分があるからです。これぞ、付加価値です。思うに、日本の技術者は真面目で技術の部分はしっかりしているのですが、アートの部分は不得意なのではないでしょうか。(次ページへ続く)



