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 お笑い芸人は、芸のとおりちゃらんぽらん? いえいえ、苦労しています。話題のお笑い芸人が、挫折、苦悩、将来への不安など、自らの半生を語ります。今回は北陽後編。【バックナンバーはこちら】

 



女芸人コンビ・北陽 21歳で、遅咲きのお笑い転身!

――高校卒業後、劇団に入ったものの、なかなかうまくいかなかったというお話を聞きました。そこからどうして、お笑いの道へ?

虻川 いまの事務所、プロダクション人力舎の養成所である、スクールJCAの「君もスターにならないか」みたいなチラシを見たんですね。それで、劇団で掃除とかしている場合じゃねぇやと思って、JCAに入ることにしました。でも相方がなかなか見つからなくて……トリオでやっていたこともありますしね。で、試行錯誤の末、そういえば、まだ伊藤ちゃん劇団やってるわと思って、声をかけたんです。

伊藤 はじめ、お笑いの道に誘われたときは、絶対無理だと思いました。なにをやっていいか、ぜんぜんわかんなかったです。

写真左が虻川美穂子、右が伊藤さおり

虻川 でも、お笑い番組の挑戦コーナーなんかで、コントやってたじゃん。伊藤ちゃんは、いまみたいなこんなしっとりしたかんじではなくて、もっと「イエーイ」みたいな、はちきれんばかりのがさつな子でしたもん。

伊藤 そうそう、それに、私、太っていて、太っている人って、自分の身体のサイズがいまいちわかんないんですよね。だから、いろんなものにバンバンあたって歩いているような子でしたね。

虻川 お笑いに誘ったとき、「私もやりたいと思っていた」っていわれたの、覚えてるよ。

伊藤 そういえば、高校のソフトボール部で、バントの練習のとき、ミスすると、みんなが笑うんですよね。それを楽しくやっていたから、やっぱり笑いの世界は好きだったのかもしれません。

――養成所を卒業したあとは?

虻川 月に20本くらいライブに出ていましたね。でも、ほとんどがノーギャラというか、交通費に足りないくらいのギャラ。だから、ライブ、ネタ作り、バイトの毎日でしたね。

――どんなネタをやられていたんですか?

虻川 プロダクション人力舎の事務所ライブで、「バカ爆走」っていうのがあるんですが、6日間連続公演なんですね。新人のうちは、6日間毎日出るので、6日間のうちに、ネタを改良していって作っていくわけですね。でも直せば直すほどおもしろくなくなっていっちゃって……的を得ていなかったんですよね。(次ページへ続く)


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INDEX
1年の休業後、復活したらチャンスに恵まれた 遅咲き女芸人コンビ・北陽が語る「続けること」の大切さ【後編】
女芸人コンビ・北陽 21歳で、遅咲きのお笑い転身!

行き詰ったら、ガス抜きは必要! 休業を経て、復活したらチャンスに恵まれた

費やした時間を無駄にしないためにも続けてみて




著者プロフィール
大川内 麻里(オオカワウチ マリ)

1977年、福岡県生まれ。出版社勤務、編集プロダクション起業を経て、フリーランスのライター/編集者/出版・イベントプロデューサー。

週3~4ペースでお笑いライブに通い、芸人たちからの信頼も厚い。現在ブレイク中の旬な芸人から、これからブレイク必至の実力派若手芸人までが出演する、抱腹絶倒の月例お笑いライブ「超ブレイク☆笑☆NIGHT featuring 大川内」 を主催・プロデュースしている。

●超ブレイク☆笑☆NIGHT最新情報 http://ameblo.jp/break-night/

●オフィシャルブログ http://okawauchimari.net/






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