ボクシング元世界王者がアクセサリー職人に――川嶋勝重登場

東京・奥沢の閑静な住宅街の一角にオリジナルジュエリーショップ「Ring」はある。
川嶋はショップの奥にある狭いスペースの工房で大きな背中を丸めてジュエリー製作に集中するように、職人特有の厳しい顔つきで自身の作品を見つめていた。
夫人の環さんが経営する店の職人になろうと心に決めたのが昨年1月。このちょうど1年前、世界王座への返り咲きを目指した3度目のチャレンジに失敗したことで引退を決意し、1年かけて“第2の人生”を選択した。
夫人にアクセサリーのイロハを教わり、半年間の修行を経て、アクセサリー職人として再出発を果たしたのだった。
スポーツ新聞でも川嶋の異色の転職は大きく報じられたほどだ。
川嶋は大橋ジムに入門当初、周囲から期待を集めたボクサーではなかった。高校では野球部に所属し、ボクシングの経験もなかった。それが努力に努力を重ねて練習漬けの日々を送り、パワー溢れる強打の持ち主として次第に脚光を浴びるようになるのである。
そして、デビューから6年半が過ぎた2004年6月28日。防衛回数を9に伸ばそうとする王者・徳山昌守に1回TKO勝ちし、2度目の挑戦で世界王者のベルトを手にした。
この試合を機に、川嶋の知名度は一気に全国区になる。3度目の防衛戦で徳山に敗れてベルトを失ったが、真っ向からぶつかっていく川嶋のスタイルはボクシングファンの心をつかんで離さなかった。引退を惜しむ声は少なくなかった。
ベルトを奪った6月28日に、川嶋はジュエリー職人として初めて手がけた作品を発表し、その第一歩を記している。
ボクシングを離れても人に喜ばれる仕事がしたい

――ボクシングから次の道を決断するまで1年近くかかりましたね。
08年1月にアレクサンドル・ムニョス(当時WBA世界スーパーフライ級王者)に負けてから1年間は何もしませんでした。いや、何もしたくなかったと言ったほうが正確かもしれませんね。周囲からはチャンピオンのときに次の人生も考えて何かアクションを起こしたほうがいい、とはずっと言われてきましたよ。でも、僕はそのときボクシング以外のことは考えたくなかった。だからムニョスに負けたあとは燃え尽き症候群というのか、無気力状態で何も手につかなった。
――そんな状態から抜け出して、アクセサリー職人になろうと思ったのはなぜ?
カミさんがアクセサリーの仕事をしているというので現役のときから興味はありました。僕も身につけるのは好きでしたしね。カミさんには現役時代に食事とかさまざまな面でサポートしてもらったので、今度は僕が支える立場になってもいいのかな、と漠然と思うようになったんです。
でも、店を訪れたときにカミさんがつくった結婚指輪を受け取ったお客さんがメチャメチャ喜んでいた姿を見て『この仕事、すごくいいな』と思えた。ボクシングでは一生懸命戦ってお客さんに喜んでもらうことが自分にとってうれしいことだったけど、アクセサリーをつくって喜んでもらえるというのも何かボクシングと共通点があるな、と感じたんです。ボクシングを離れても人に喜ばれる仕事をしたいと思ったので、この世界でやってみようと。(次ページへ続く)


