帰国後、まわりに置いていかれ……。あさこ流「焦り」との向き合い方
――「進ぬ!電波少年」から帰国後は?

まず、笑いの感覚がずれてしまっていて困りました。それに、私が日本を離れているうちに、オンバト(「爆笑オンエアバトル」(NHK))がブームになっていて。タイの無人島から帰ってくる直前に、バンコクの空港で、たまたまオンバトがテレビに映っていたんですが、無人島に行く前にいっしょに飲んでた芸人が、出てきて「きゃー!」っていわれてる。あれ? 日本、なにやってんだろう? オンバトはあったし、芸歴が上の人たちはわかるけれど、こんなに若手がもてはやされる番組だったっけ? って思って。
それに出遅れた焦りと、笑いの感覚がずれていて、どうしようかなっていうのとで、悩みましたね。オンバトや当時のお笑いブームで、まわりがものすごいスピードで世に出て行ったんですね。それに自分でもびっくりするくらい、焦ってしまっていました。置いていかれてるなぁって。その焦りはどうしようもなくて、結局、自分が世に出る以外の解消法がないわけですよね。でも出られない。焦りました。
――読者のなかには、同期の出世などで焦っている人がいるかもしれません。
どうしようもないですよね。みんな焦っててもいいことはないとわかった上で、感情がどうしようもないんですもん。焦りはしょうがないので、いいと思います。なにをいったって、焦りは消えないんだから。でも、辞めようと思わない限りは、たぶん仕事について、自分のなかで、なにかプラスがあると思うんですよ。それを探すことですね。お金でもいいと思います。仕事がいやでも、残る利点ってなんだろうって考えてみるといいと思います。
――2003年5月、33歳のときに、ネギねこ調査隊を解散して、ピン芸人になられていますね。
それから模索の時期に入るんですけれど、消去法で、女ピン芸人で、まだだれにやってないことをやろうと考えて。それで、明るく楽しい自虐ネタというのに行き着きました。「エンタの神様」(日本テレビ系列)にも出させてもらったんですけれど、「ひとことネタでやりましょう」って話になりました。はじめにひとこといって、チーンってトライアングルを鳴らすっていうの案もあったんですが、明るくやりたかったんで、それでハワイのイメージに行き着いて、ムームーとウクレレで自虐漫談をやっていました。(次ページへ続く)



