ロッカールームでウォールストリートジャーナルを読んでいた男
元メジャーリーガー 長谷川滋利のキャリア戦略
カリフォルニアの乾いた日差しが窓から差し込む。午前9時。スーツに身を包んだ男は、デスクのパソコンで株式の動きチェックしながら、ウォールストリート・ジャーナルなど経済各紙にじっくりと目を通す。メールや電話で取引先に連絡を入れていると、あっという間にランチの時間だ――。
元プロ野球選手、長谷川滋利の1日はこうして始まる。たまに解説者としてテレビに登場しなければ、彼が元プロ野球選手だとは、だれも気がつかないかもしれない。
兵庫県加古川市出身の長谷川は子どものころから野球で頭角を現し、東洋大姫路高では甲子園にも出場。進学した立命館大でもエースとして活躍し関西学生野球で40勝をあげた。プロ野球のオリックスブレーブスにドラフト1位で入団すると、デビューイヤーから先発ローテーション入り。95年、96年のリーグ優勝に貢献した。97年にはメジャーリーグ(MLB)に移籍。アナハイムエンゼルス、シアトルマリナーズと活躍の場を変え、05年に引退するまで日米通算102勝89敗37セーブという成績を残した。
日本人メジャーリーガーの中では抜群の英語力の持ち主で、ロッカールームでウォールストリートジャーナルを熟読する経済通としても知られていた。
引退した現在、長谷川は野球解説や投資、日本選手のメジャーリーグへの橋渡しなど幅広く活動している。成功したアスリートほど充実したセカンドキャリアを送るのは難しいものだが、長谷川はそうした困難とは無縁のように見える。第二の人生をこれほど楽しんでいる元アスリートは、競技の垣根を取り払ってたとしても、なかなかお目にかかれないだろう。
まったく別のキャリアを選び、成功させる秘訣とは何か。米国から一時帰国した長谷川が、メジャーリーグからビジネスの話題まで大いに語ってくれた。
「今の仕事がすべて」でなく、1割くらいは先のことを考える時間を持て

──引退後の生活がとても充実しているように見えます。
「そうですね。一番好きなことをやらせてもらっていますから。野球の解説も好きですし、投資をはじめとしてビジネスも好きです。だから、野球をやめたときにまったく後悔しなかった。最初はもうちょっと後悔するんじゃないかと思っていたんですけどね。そういう意味では切り替えはすごくうまくいった方だと思います」
──うまく切り替えられない選手が多いのでしょうか。
「それがほとんどだと思いますよ。野球をやめて、言葉は悪いのですが腑抜けになってしまうというか、人生が楽しくなくなってしまった、という仲間はたくさん見てきました。特に有名選手に多いですね。一般の社会であれば、とりあえずお金が大事で、みなさんそこに向かって一生懸命がんばっていると思います。いわばゴールがはっきりしてますよね。仕事をしてお金を稼いで食べていかなければ死んでしまうわけですから。
でも、有名選手の場合だと、引退してとりあえずお金は残りました。でも、やることは何もありません、やりがいが見つかりません、実際に何もしていません。そのような選手が現実にいます。これはつらい状況だと思いますよ。ですから現役時代に『野球がすべて、野球が人生』でいいと思うんですけど、1割くらいは先のことを考えるのも大事だと思います。僕の場合は本を読んだり、映画を見たり、ビジネスの勉強をするようになりました」(次ページへ続く)




