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 漢字と歴史が苦手な「バカリーマン」ながら、取締役として年収1,000万円を稼ぐ伊藤喜之さんのインタビュー。後編は、音楽イベントで得た経験をもとに、いかに現在の姿にたどり着いたかをお届けします。「バカ6大奥儀」の本質とはなにか?にも迫ってます!



「実績が給与にも反映されるはず」と、まずは月給15万円で転職

 転職して約1年半、イベントに力を入れ始めて1年。伊藤さんは当初の戦略「『スポーツ脳』を活かし、社長たちが知らないこと、経験していないことを学ぶ。自分に自信がついたらアライブに戻る」に立ち返ることになる。それは、たまたまアライブの事務所に行って、三輪氏と話をしていたときのこと。

 「音楽イベントの実績は、同じ趣味のフィールドにいる三輪の耳にも入っていました。CDショップやラジオ局に人脈のない三輪は、『なんでそんなことが伊藤なんかにできるんだ』と驚いたようです。経緯を話したら、『以前の伊藤とは違うな』と。

 そして、『そろそろ会社を大きくしたいから戻ってこないか』という話に繋がったんです。僕自身も音楽のイベントで食べていけると思っていませんでしたし、本業の会社にも未練はありませんでした。卒業当時の戦略通り、アライブで再び働こうと決意しました」

 ちなみに、この時の月給の提示額は15万円。ホイル販売の営業職で得ていた給与、月25万円に比べてかなり少ないが、ためらいはなかったという。「音楽イベントの経験から、絶対に新しい何かをアライブで作れると思っていましたし、そこで実績を作れば、給与にも反映されるはずだと」。かくして伊藤さんは、アライブに復帰。これが、2005年11月のことだ。

 復帰当初の伊藤さんの仕事は、学生時代と変わらず雑用。ところが違ったのは、彼の思考力の変化だ。

 「与えられた仕事以上のことをしよう、そして給与も上げようと思っていました。そのためには、『社長っぽい仕事』をすればいいなと思ったんですよ。最初から経営的な視点で仕事をすれば、給料なんて後からついてくるだろうと。まず実践したのが休日出勤です。三輪は週末に会社に出ることもめずらしくなかったので、僕もいきなり事務所に行って『ここをこういうふうにしたほうがいいと思います』なんて、勝手に経営会議を仕掛けていました」(次ページへ続く)








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年収1000万円へのエグゼクティブ転職
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