19歳にして、世界ナンバーワンセールスマンに!
甲斐輝彦。弱冠19歳にして、日本ブリタニカにて、営業成績世界ナンバー1に輝いた男だ。
しかし、その後彼は、20回にも及ぶ転職を重ねる。「才能」があるであろう、営業職ではなく、そして正社員待遇でないときもあった。
彼は、なぜそのようなキャリアを歩んだのだろうか? また現在、コンサルティング会社を経営する彼にとって、20回もの転職経験は、どのように活きているのだろうか? お話をうかがった。
――ブリタニカに入る前は、どんな学生生活を?

まず、中学のころは、勉強が本当にできなくて、普通科の高校に行けず、商業高校に進学しました。そこで、簿記会計のおもしろさを知って、税理士を目指そうと、大学に進学することにしました。ですが、商業高校なので、クラスメイトたちは夏に就職してしまうんですよね。車の免許を取得することも就職のためということで、学校が許しますし。秋口から内定を取って、みんないっせいに「捕まらなければOK」みたいな感じで、グレだすんですよね(笑)。そんななかで勉強しなければなりませんでした。
大学に入学して、翌月の5月にはもうブリタニカでアルバイトをはじめていました。きっかけは、誘われたから。大学の目の前の書店の前で、キャッチセールスみたいなお兄さんが2人組で英会話教材を売っていました。話をしたら、同じ滋賀県出身で、1人は大学の先輩でもあって。ちょうど、ホームシックに陥っていたときだったので、同郷の人と出会えて救われた気持ちになったんですね。そのまま事務所に連れて行かれて。その翌日には、事務所で研修を受けて、1週間後には訪問販売に出ていましたね。だから、ブリタニカに入る前の大学生活というのは、ほんの1ヵ月だけ、ちょっとホームシックになったかな、というくらい。
なぜ、自分が声をかけられたと思うかですか? 私、この(低い)物腰で30何年生きてますんで、根からの商売人気質というか。高校なんかも、修学旅行で、訪問販売をさせる、とんでもない学校でしたしね(笑)
その1年後には、大学を中退しています。学費150万持って行って、そのまま車を買っちゃったっていう。
それと同時期に、ブリタニカで世界ナンバーワンの成績を収めることができました。ブリタニカに入って1年くらい、19歳のときですね。それからも何度か、ナンバーワンにはなっていますね。(次ページへ続く)


