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 新卒で三菱総研に勤務、転じて早稲田大学ラグビー部監督を4シーズン務めたのち、コーチングディレクターとなった中竹竜二。夢もやりたいこともなく、仕事選びの基準は「自分しかできないこと」だという中竹は、どのように仕事に取り組み、次々と成功に導いていくのか。独特の仕事観を語ってもらった。



中竹竜二、早稲田大ラグビー部監督からコーチングディレクターに転身! そのキャリア観に迫る

日本ラグビー協会コーチングディレクターの中竹竜二氏は数奇なキャリアの持ち主だ。大学時代は早稲田大学のラグビー部キャプテンとして活躍し、卒業後はイギリス留学、日本に帰国して総合研究所に勤め、その後ラグビー部監督として母校に戻った。さまざまな職を転々として現在に至った、中竹氏にキャリアについて語ってもらった。

──まずはコーチングディレクターという肩書きについて教えてください。

「簡単に言うと指導者を育てる仕事です。日本ラグビー協会では2019年に日本で開かれるラグビーのワールドカップに向けて、日本代表チームの強化だけでなく、日本ラグビーの底上げを考えた取り組みを始めています。コーチングディレクターもそのひとつです。はじめてできたセクションですからゼロから仕組み作りに取り組んでいます」

──具体的にはどんなところから手をつけたのでしょう。

「まずは16歳、17歳(つまり高校生)の指導者をターゲットに決めて、研修などで指導をするようにしました。2019年のワールドカップで中心になる選手が、いまの高校生くらいの年齢層なんです」

──研修というと?

「指導者たちは各ブロック(東北、九州など)ごとに強化合宿をしているので、そこに乗り込んで研修をします。昼間は高校生たちに実技を教えていますから、座学をするのは夜しかありません。徹底してディスカッションとプレゼンテーションを繰り返すと時に夜中まで研修が続きます。以前ならお酒を飲んでいた時間ですから反感は買いましたね(笑)」

──ディスカッションの内容は?

「たとえば、どういうラグビーを目指し、そのためにどういう指導をしていくのか。最初、コーチングディレクターという役職ができて、現場のみなさんは『日本としてこういうラグビーを目指すから、こういう指導をしてください』というのが上から降りてくると考えていた。中竹がこれからの日本のラグビーの教科書を配布して指導すると。そういう予定もあったんですけど、私はやめた方がいいと考えたんです」

──なぜでしょう?

「トップダウンしたところで反感を買うだけなんです。みんな自分たちのやり方が正しいと思って一生懸命指導しているわけですから。だから私は『自分たちで考えてください』と持っていきました。そうやって上から押し付けるのではなく、考えてもらって議論を深めていきました」

──他にも仕事はたくさんあると思います。

「代表チームの世代間の溝をなくすために、日本代表、日本A代表、U-20日本代表という各世代のコーチが同じ土俵で議論する場も作るようにしました。各世代で方針が一貫していないと強い代表チームができないからです。他にも代表チームのコーチの仕事ぶりを判断するため、評価システムを導入しました。11月のアジア大会(7人制ラグビー)から評価システムを採用します」(次ページへ続く)








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