日本代表ラガーマンが出版社の取締役に――野澤武史登場

100kg近い体全体を使って激しくファイトした現役時代。170㎝と決して大柄ではないものの、筋肉の鎧をまとったずんぐりとした体つきで、ごりごりと力強く前に向かう野澤の姿はまさしく「ゴリラ」のようであり、愛嬌のある風貌からも「ゴリ」というニックネームがこれほどはまったアスリートは他にいなかった。
現役を退いて1年半以上も経ち、サラリーマンぶりは板に付いていた。テキパキとした応対に、物腰の柔らかさ、屈託のない笑顔……意欲的に仕事に取り組んでいることが一瞬で伝わってくる。「筋肉はだいぶ落ちましたよ」と笑うが、スーツが張り裂けそうなぐらいのマッチョぶりは健在だった。
野澤が勤務する山川出版社は“歴史学の山川”として有名で、日本史、世界史などの教科書、参考書を高校時代に手にした人は多いだろう。スポーツとはまったくかけ離れた世界で、野澤はどのような哲学を持って仕事に臨んでいるのだろうか。
膝のケガから次のシーズンで「やれる」自信をなくし引退を決意
――まずは引退のときのお話から。やはり膝の状態が限界だったと?
「歩くのにもひと苦労だったので、これはもう引き際なのかと思いましたね。大学3年のときに半月板を手術して、それからずっと膝のクッションがない状態でした。痛いというよりは力が入らないという感じで、階段を上がるときもガクッとなってしまっていたんです。2008年~2009年のシーズンは1試合も出ていなかったし、次のシーズンに向けて、やれるぞ、という自信もなくなっていた。全日程が終了した翌日に(神戸製鋼コベルコスティーラーズ総監督兼GMの)平尾誠ニさんに電話して、『今年で引退させていただきます』と言ったんです」
――迷いなく?
「はい。実は嫁さんと沖縄に旅行に行く際、神戸空港から電話したんです。平尾さんには1年前にも引退の気持ちを伝えていて『もう1年やってみないか』と言われていたので、そのときはもう『わかった』というような反応だったように思います。チームの編成のこともあるんで、早めに決断したほうがチームにとってもいいんで。まあ、沖縄に行ったら、もう食事に気を使うこともないなと思って、大好きな揚げ物をたらふく食べて幸せでしたね(笑)。引退して2年も経ってないんですけど、随分前のことのように感じますね」(次ページへ続く)


