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 プロボクサーになるため、陸上に打ち込み高校駅伝で全国大会に出場。念願のボクサーとなるが、契約トラブルに巻き込まれ、10年間日の目をみることなく練習だけの日々を過ごした。そんな半生を経て野木丈司は「トレーナー」という天職にたどりついた。壮絶な経験を経て得た、指導哲学はどのようなものなのだろうか。インタビューを行った。



内藤大助のセコンドを務めたトレーナー野木丈司の半生と指導哲学

 ボクサーには「孤独」という形容詞がよく似合う。早朝のアスファルトを黙々と踏みしめるロードワーク。サンドバッグにひたすら拳を叩き続けるジムワーク。試合が近づくにつれ減量は厳しさを増し、多くのボクサーたちは言葉を口にするのもおっくうになる。

 そんなボクサーがもっとも頼りにする存在がトレーナーだ。トレーナーは選手の練習メニューを組み立て、トレーニングに付き添う。ボクシングの技術だけでなく、ときには友となり、兄となり、悩めるボクサーたちの人生相談にも乗らなければならない。

 野木丈司は選手との信頼関係をもっとも大事にしているトレーナーだ。元WBC世界フライ級王者の内藤大助らの指導で知られ、学生時代は将来有望な陸上選手として鳴らした変わり種でもある。野木の壮絶な人生と指導哲学を聞いた。

──まずはお仕事の内容からお伺いしましょう。

「白井・具志堅スポーツジムでトレーナーをしています。女子世界ランカーの山口直子や元日本ライトフライ級王者の嘉陽宗嗣をはじめ、所属するプロボクサーの指導をしています。あとは総合格闘技など他の格闘技の選手も見ています。所英男、郷野聡寛、永田克彦……。彼らとはパーソナルトレーナーという形で契約を結び、個人的に指導をしています」

──野木さんはボクシングを始める前は陸上の選手だったと聞きました。

「そうなんです。子どものころから足が速くて、中学校で陸上部に入りました。最初は短距離で途中から長距離。千葉県船橋市の大会で3番になった記憶があります。そうしたら小出監督の目に止まった。そうです。あのシドニー五輪で金メダルを取ったQちゃん(高橋尚子)を指導した小出義雄監督です。監督に誘われて県立佐倉高校の陸上部に入りました」

──そのころは陸上選手でがんばろうと考えていたわけですね。

「いや、僕は大場政夫さん(当時のボクシング世界王者)にあこがれて、中学のときにプロボクサーになると決意しました。中学を出たら大場さんが若いころに働いた職場で働いて、同じジムに通おうと思い描いていました。陸上をやったのもボクシングのため。陸上で体を鍛えたらボクシングに役立つんじゃないかと考えたんです」(次ページへ続く)


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内藤大助のセコンドを務めたトレーナー野木丈司の半生と指導哲学 伸びていく選手の感性に応えるため、個性を尊重し情熱を注ぐ
内藤大助のセコンドを務めたトレーナー野木丈司の半生と指導哲学

高校駅伝で区間新を出すも、プロボクサーになる夢はブレず

「明日試合ができるかもしれない」信じて10年間、1人でトレーニング

上り調子の選手の感性に追い抜かれないよう、情熱を注ぐ

選手の個性を尊重し、独りよがりにならない指導を







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