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今回は、「醤油魚介らーめん せたが屋」はじめ、13店舗のラーメン屋を経営する前島司さんのお話です。さまざまな職業を点々とするうち、ラーメン屋という天職にたどりつきました。第1号店をオープンするまで、別の仕事をしながら、10年間ラーメンの研究を続けた情熱の持ち主です。



「せたが屋」など人気ラーメン屋13店舗を経営
前島司さんの起業物語

 ラーメン好きなら、知らない人はいないと言われる「醤油魚介らーめん せたが屋」。この店の経営者は、株式会社せたが屋の前島司さんである。

 前島さんは「せたが屋」のほか、「塩ラーメン ひるがお」「味噌ラーメン 南部」「豚骨世界 大大」など、この10年間で人気店を次々と作り上げた。ニューヨーク、バンコクを含め、経営する店舗は13軒に上る。

 筆者が取材でお邪魔したのは、東京・自由ヶ丘にある株式会社せたが屋の事務所。そこは、昔ながらのラーメン屋のイメージとは異なる、オシャレなオフィスだった。「社員にも自信を持って気持ち良く過ごして欲しいので、キレイなオフィスに引っ越しました」と言う、社長の前島さんの起業ストーリーをお届けしよう。

37歳まで、さまざまな職業を経験
一生懸命になれる仕事を探し、転職を繰り返した

 ラーメンとの最初の思い出を振り返れば、子ども時代までさかのぼる。前島さんは1962年に生まれ、割烹料理屋を営む両親の元で育った。両親は店が忙しく「カギっ子」だった前島さんの夕食は、作り置きのカレーライスかインスタントラーメン。毎日食べ続ければ、どうしても飽きがくる。そこで食べ方を工夫した。牛乳でスープを作り、さまざまな野菜を入れるなど、味付けを変えた。

 大人になり、全身全霊打ち込める天職を探し続けた。洋食レストランで働いた後、ゴルフ場に勤務し、プロゴルファーを目指した。父親が営む割烹料理屋で、料理の修行をした時期もある。ほかにも、ゴルフ会員権の営業、電話営業の会社など、さまざまな仕事を経験するが、どれも1年と続かなかった。

 「仕事をするなら、まだ誰もやっていないことに挑戦し、勝負しないと面白くない。過去のどの仕事にも満足できなかったというか、一生懸命になれませんでした」。自分の気持ちに嘘をつかず、仕事を変え続けた結果、「ラーメン」という天職に巡り合った。

 ラーメンを特別なものとして意識したのは、20代後半のこと。飲み会の帰り、友人と一緒に行ったラーメン屋で心動かされた。「ラーメンに対する既成概念を吹き飛ばされました。奥深さを知り、ハマりました」

 前島さんのラーメンへの情熱は、ただ食べるだけにとどまらなかった。次第に、自分でおいしいラーメンを作りたい、行列のできるような店を構えたいというところまで募っていった。(次ページへ続く)






著者プロフィール
滝岡 幸子(タキオカ サチコ)

経営コンサルタント・中小企業診断士、有限会社ポテンシャル 代表取締役、『ひとり起業塾』主宰。
大手外資系コンサルティング会社を経て独立。中小企業向けの経営コンサルティング業務を中心に、新規事業開発、企業研修、講演、各種メディアでの執筆連載など多方面で活躍中。小資本、低リスクで身軽に起業するノウハウを伝える「ひとり起業塾」を主宰。著書に『図解 ひとりではじめる起業・独立』(翔泳社)、『はじめよう!移動販売』(同文舘出版)がある。






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