「面倒な人」についての事例共有というものは、飲み会や給湯室などで活発になされているものなので、二言目には「わたしって~な人だしぃ~」と言う人はうざったいものである、ということは周知徹底されてきているものの、ちょっと言葉を変え、「これならうざったいと思われないだろう」と気がゆるんでしまいがちです。
今回は、自己規定のズレや、その押しつけについて考察するとともに、自己規定がズレている人と快適にすごす方法について考えていきたいと思います。
正しい自己規定をすることは必要
あまりにも自己規定をしない、という状態は、かえって不幸を生みます。
自分がどういう人間であるかをまったく把握していないという状態だと、行動するにあたって、何でも最初から考えなくてはいけないからです。また、実際の自分の姿を把握して、それを適切に人に伝えていれば、自分に向いている仕事がやってくる、とか、自分に合った異性を紹介してもらえる、などのメリットがあるので、「自分はこういう人間である」というのは、それとなく伝えておくのがベストです。
問題なのは「自己規定がズレていて、しかもそれを押しつけてくる人」
取扱注意なのは、自己規定が実際の本人の姿とズレており、しかもそれを押しつける人。タチの悪い酔っ払いを例に考えてみるとわかりやすいかと思いますが、
「飲みすぎじゃないですか?帰れます?」
「いやいや、全然酔ってないから」
「顔が真っ赤で、ろれつも回ってないのに!」
「うるさいな!俺は酔ってないって言ってるだろ!全然酔ってない!」
この後、彼は理性的かつ主体的な選択として「路上で寝る」ことを決定されたりするのですが、「泥酔しないように気をつけましょう」と言っているのに、そもそもの前提である「酔っている」ことを認めないので、話が前に進まないのです。何か問題があったとしても、その前提を共有できないので、何を言ってもムダという状態になります。
【例1】「わたしって気を遣うタイプだし」と言う人
傍から見ていて、気遣いができていない感じの人がしばしば「気を遣いすぎて疲れた」というのを耳にすることがあります。もちろん、気を遣うタイプの人が、気の置けない関係である人に対して愚痴を漏らしてしまったという場合もありますが、「わたしって気を遣うタイプだからなー」と言っている人の気遣いの例を聞いてみると、「人の話に相槌を打つ」など、ごく当り前のことだったりするものですが、観察をしてみると、全然人の話を聞いていなかったりするものですが、それを下手に指摘すると怒ってしまいます。
【例2】「すぐ感情的になるやつっているよねー」と言う人
これがもっとも接し方の難しい自己規定です。「ウエットなのって苦手だしー、わたしってサバサバしてるタイプだからさー」とか、「すぐ感情的になるやつっているよね。論理的に物事を考えないと」とか、周囲は猿みたいに感情に流されるが、自分はいつも冷静に物事を見ているのだ、と言いたがる人たちです。
「サバサバしている」「論理的」というのが対になって、それぞれ、女性向け・男性向けによく使われていて、前者については活発な事例共有がされていますが、後者について語られることは少ないです。この記事のタイトルは女言葉にしてみましたが、「俺は論理的で冷静沈着」という自己規定は、男女問わずあり、しばしばそれは男性の女性蔑視の形を取って現れるからタチが悪いのです。「女はすぐヒステリックになるけど、男はそこらへん冷静だよね」という物言いは、価値観の古い人たちの間では、いまでも盛んに語られていますよね。
しかしそれは、「自分が優位な状況に立っているから、落ちついている」というだけなのです。立場が逆転すると、たちまち逆上したりするので、「感情的にならないと思っていたから、思っていたことを素直に言ったら逆上されてしまった」という事故が頻発してしまうのです。



