最後まで働ける会社を見つけた…はずが、まさかの転職
3回目の転職先の在籍期間は、わずか2年です。あっという間に過ぎ去ったというのが実感です。
やりがいのあるポジション、年収1,200万円、そしてストックオプション。それらを手にしていたのになぜ、と思われるかもしれません。たしかに、この会社で私は多くのものを得ることができました。
まさか辞めることになろうとは、私自身も思っていなかったのです。毎日が充実していました。仕事をしていて楽しいと感じることができた、はじめての会社でした。自分でも、やっと腰を落ち着けて最後まで働ける場所が見つかったと思っていたくらいです。でも、結局それも長くは続きませんでした。
そこまで思い入れのあった会社でありながら、2年で辞めたのには理由があります。その理由を、そこに至るまでの経緯も含めてお話しましょう。
取締役が8人に増え、IPOへの準備も万端だった
そもそも、3回目の転職先は良くも悪くも典型的なオーナー企業でした。社長は、大手外資系コンピュータ・メーカーを30代前半で辞め、今の会社を起業しました。新しいアイディアと創造力に富んだ、非常に魅力的な人間です。私より年齢は1歳若かったのですが、とても尊敬できる人でした。
さて、IPOが現実のものとして近づくにつれ、IPOに向けての準備、たとえばストックオプション制度の導入、株価算定、主幹事証券会社の選定、監査法人の決定などが急ピッチで進められていきました。
さらに、経営を強化するという目的から取締役も増員しました。はじめは代表取締役を含め4人だった取締役が、数ヵ月後には倍の8人に増えました。一見、すべてがうまくいっているように見えました。IPOという目前に迫った目標を目指して、全員の心が1つになっている。各取締役が、自分に与えられた責任を果たしながら、組織として機能している。そう見えたのです。
新規サービスが売れず、予算達成できない日々
でも、実はこの頃から、少しずつ組織のほころびが見えはじめていたのです。一番の問題は業績が悪化したことでした。売上予算が達成できない月が続きました。原因は、市場に出した製品の品質が悪かったこと、市場のニーズが私たちの考えていたほど成熟していなかったことでした。元々の計画自体が、IPO後の高い時価総額を狙った無理のある計画だったことも大きく影響していました。
私が担当していた事業部も、売上予算が達成できず苦しんでいました。携帯電話向けコンテンツをすべてのキャリア(携帯電話通信会社)向けに変換するためのコンテンツ変換エンジンを、ASPサービスとして提供する事業を展開していたのですが、それがさっぱり売れませんでした。
はじめのうちは、サービスの新規性から、大手のコンテンツプロバイダーやゲーム会社をはじめ、多くの企業から問い合わせが殺到しました。ところが、実際に買ってもらうまでには至りません。結果、予算を大幅に下回る月が何ヵ月も続きました。

そんなとき、突然、社長が交代しました。会社の惨状を見かねての判断だったかどうかはわかりません。ある日、社長交代が発表されたのです。新しい社長は、オーナーと同じ外資系コンピュータ・メーカーの出身。彼がつれてきた取締役の1人です。(次ページへ続く)



