このエントリーをはてなブックマークに追加




今回は、園芸資材の製造、販売を行う36歳の若手起業家 佐藤崇嗣さんのお話です。大学生で最初の起業をしてから、何度も挫折を味わい、その失敗から経営ノウハウを体得してきました。成功の秘訣の1つは「部下の叱り方」。佐藤さんはどのようにマネジメントしているのでしょうか。【バックナンバーはこちら】



36歳の若手起業家、園芸資材の会社を興す

 1972年生まれの佐藤崇嗣さんは、ガーデニング用培養土の製造、販売などを行う株式会社プロトリーフを経営している。プロトリーフが製造、販売するガーデニング用の培養土、肥料は、全国のホームセンター、園芸店、生協、スーパーなど6,000店に流通する。

 とくに、「バラ」「ブルーベリー」「洋ラン」「ハーブ」「イチゴ」専用など、植物の種類別に原材料の配合が違う培養土は人気商品だ。最近は、個人宅向けの造園設計、施工も行っている。

 そして子会社アグレでは、ガーデニング用資材全般、苗、種など5,000品目をインターネットで通信販売している。また関連会社では、栃木県に物流倉庫を持ち、物流コンサルティング事業も展開中だ。

 佐藤さんは現在の事業を始める前、さまざまな事業にチャレンジし、何度もその限界を感じて撤退した経験がある。新しいことに挑戦して失敗することは誰でもあるが、そこから何を学び、次にどのように活かすかには、それぞれの人間力が問われる。佐藤さんは、転んでもすぐに起き上がり、「なぜ上手くいかなかったのか」に謙虚に向き合ってきた。不屈の精神を感じる人だ。

小学生で起業を決意

 佐藤さんが小学生のとき、父の事業が失敗した。「家族で支えあっていこう。自分も頑張ろう」と心に決め、「大人になったら、起業しよう」と思ったという。

 子どもの頃はスポーツに夢中だった佐藤さん。中学生で入部したサッカー部は、試合でいつも負け続けるチームだった。監督と「中学3年生、最後の大会で優勝しよう」と目標を掲げ、キャプテンとして練習に励んだ。

 すると、負けるばかりのチームが、2年生になると勝てるようになり、3年生の最終試合、品川区の大会では見事、優勝した。「すぐ優勝するチームを作ろうと思っても、無理だと思い、“3年後に優勝しよう”と計画しました。グラウンドも他校より小さく、過酷な状況の中で、どのように勝ちに行くかを学びました」。

最初のマネジメントは弱小サッカーチーム

 負け続けたチームが優勝できた理由は、“3年後に勝つ”という計画を立てたから。「ほとんどのチームが目指すのは、数ヵ月後にある“次の大会”。しかし僕達は、3年後の大会を目指し、チーム作りを行いました。目標設定が全然違いますよね」。

 プロフェッショナルの集団でない限り、結果を左右するのは、個々のプレー能力より、チームワーク。「サッカーは、スーパープレーヤーが1人だけいても勝てない。メンバー11人全員の連携が大切なのです。会社もそうですが、11人もいれば、性格も十人十色。キャプテンがそれぞれの相性をどのようにまとめていくかにより、成果に違いが出ます。今思えば、社長の役目とよく似ていますね」。

 その後、高校でもサッカーを続けるが、大学1年のとき、怪我で腰を痛め、サッカーを続けることを断念。佐藤さんにとって、大きな挫折だった。その後、佐藤さんが一心不乱に取り組んだのは、レストランでのアルバイト。そこで経営の面白さに目覚め、起業に一歩近づくことになる。





著者プロフィール
滝岡 幸子(タキオカ サチコ)

経営コンサルタント・中小企業診断士、有限会社ポテンシャル 代表取締役、『ひとり起業塾』主宰。
大手外資系コンサルティング会社を経て独立。中小企業向けの経営コンサルティング業務を中心に、新規事業開発、企業研修、講演、各種メディアでの執筆連載など多方面で活躍中。小資本、低リスクで身軽に起業するノウハウを伝える「ひとり起業塾」を主宰。著書に『図解 ひとりではじめる起業・独立』(翔泳社)、『はじめよう!移動販売』(同文舘出版)がある。






スポンサーサイト

年収1000万円へのエグゼクティブ転職
職種
業種
フリーワード

職種
フリーワード

タグクラウド



ページトップへ
ページトップへ