バイオベンチャーと大手製薬会社をつなぐ会社

松本正さんは、バイオベンチャーを支援する会社、株式会社レクメドを経営している。同社は、バイオベンチャー、大手製薬会社、国内外の大学、研究機関、ベンチャーキャピタルを多角的に結びつける事業を展開。主に、海外のバイオベンチャーが生み出す技術、新薬候補物質を、製薬会社に導入する支援を行っている。現在、従業員は14名。
「製薬会社には、次の時代を担う新薬が必要です。バイオベンチャーから技術、モノを導入しないと生き残れない時代。しかし、ベンチャーが新薬を開発するには、時間とお金がかかります。資金面でも支援が必要なのです」。松本さんは、バイオベンチャーに特化した、ベンチャーキャピタルを運営する一員でもある。
松本さんは1953年、栃木県で生まれた。大学院で分子生物学を専攻した後、1981年、協和発酵工業株式会社に入社。研究畑を目指したが、面接で「営業はできますか?」と聞かれ、「何でもやります。営業もできますよ」と答えた。
「あの時、ビジネスを一生懸命やってみようと思ったことは良かったと思います。私はどちらかと言うと、自分の意図した方向とは違う道に流れてきました。自分が望んだ方向に行っていたら、今の私はなかったでしょう。何かを始めるときに『何でもやれる』と思うか、『できません』と言うのか、自分の気持ち次第で未来は開けると思います」
東京研究所に研究員として勤務を始めるが、1年後、米国にある研究所National Institute of Healthに派遣され、有名な教授のもとで共同研究を行った。帰国後、米国での研究を活かして勉強会を開催。その頃から人脈も増え、各分野の先生たちから、研究課題を提示されるようになる。決まった課題を研究するだけでなく、“研究をデザインする”仕事が増えていった。
その活動が上司の目に止まり、1986年、加藤記念バイオサイエンス研究所に派遣され、初代研究員に。研究をコーディネートする部署に配属となり、本社に配属されるまでの3年間、次世代研究テーマの策定と神経科学研究者のネットワークの構築を行った。
他がやらない「海外バイオベンチャーとのネットワーク」を構築
その後本社に戻り、1980年代半ばから10年間、ライセンス部門でバイオベンチャーとの戦略的提携を手掛けた。その頃、米国ではバイオベンチャーが数多く誕生していた。「バイオベンチャーの技術を評価できるようになろう」と決め、海外各社を回り始めた。その当時、バイオベンチャーに注目する日本の製薬会社は少なかったという。そこで欧米バイオベンチャー事情に精通し、豊富な人的ネットワークを築いた。
「医薬品業界は、他社が開発した薬や技術を自社で応用するなど、お互いにライセンスし合うことが盛んに行われています。ライセンス先を見つける仕事は、『製薬業界の外交官』みたいなもの。アメリカやヨーロッパに営業に行き、ディナーを食べながら、日本に導入したい薬についてライセンスの交渉し、議論をしていました」



