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クリエイティブ業界への転職に成功するために、前回は「壁」を破る2つの秘訣をお届けしました。とはいえ、転職できたとしても、その業界で生き残れなければ成功したとはいえません。今回は、石渡さんの成功実体験とともに、生き残る方法をお届けします。【バックナンバーはこちら】



成功する秘訣3:自分の専門分野を持つ

 職種が何であれ、自分の専門分野を持てるかどうか、これも重要です。ライターの場合は、特にそうですね。私の場合、ライターになったのは27歳のときでした。そのときから現在まで強く考えていたのは、「35歳までに、特定分野で名前を売ることができなければライターは辞めよう」ということでした。

 ライターは百人百様、ある専門テーマに詳しい人もいれば、何でも書く人もいます。編集者的な立場に近い人もいます。最初から仕事がどんどん来るのは、何でも書けるライターです。編集者も重宝しますし。

 ただ、何でもやれる人がいるというのは、誰でもできる仕事だともいえます。最初のうちはいいんですよ。最初と言わず、40歳くらいまでは結構仕事がきます。しかし、40になり、50になったとき、果たしてどうでしょうか?

 ライターに仕事を依頼するのは編集者です。40・50と言えば、同年代は編集長やら出版局長やら高いポストに就いています。ライターと直接やりとりする編集者は、おそらく20・30代。それが編集長・局長と同じ年代のライターに、「書き直せ」だなんだと簡単に言えるでしょうか?

 多少、仕事ができなかったとしても、体力があって小回りのきく若いライターの方を優先します。実際に、40・50代になったなんでも屋のライターは、ライターを辞めるか、編集者的立場に入っていくケースが多いです。

 その点、20・30代の編集者が扱いにくさを感じても、仕事を発注する例外があります。それは、専門分野を持つ人です。年上だとか、強い態度に出られないとかいった条件がついても、その専門家・専門ライターでなければ仕事にならないからです。こうなってしまえば、いつまでも仕事はあります。

 私は早いうちから両方のケースを知っていましたし、ある大物編集長からも、この話をクドいほどに聞かされました。

専門分野を作るのは、報われないかもしれない地道な努力

 そこで私は、35歳を1つの区切りと考え、まず大学分野に熟知するようにしました。すると、大学に付随するテーマということで、就職をやるようになり、早期転職や大学以前の教育問題をやるようになりました。今では「大学・就職なら石渡に」と言ってもらえる状況ができつつあります。どうにか、35歳でライターを廃業せずに済みそうです。

 もちろん、誰であれ、最初から専門テーマを持てるはずがありません。私も同じです。現在までに、全国の大学を見学して回ったり、専門書を買い込むなど、面倒なことがいろいろとありました。

 そうした努力はすべて、通常の仕事が終わってからの話。しかも、それをやったから必ず仕事が来る、という保障があるわけではありません。おまけに自腹です。ただ、そうした努力をライターであれ、編集者であれ、できるかどうか。それができる人は数年先には大きく伸びている、と私は思います。(次ページへ続く)


 
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INDEX
クリエイティブ業界への転職に成功する4つの秘訣(後編)
成功する秘訣3:自分の専門分野を持つ

成功する秘訣4:どうしたら売れるかを考える

クリエイティブな仕事をするには、今からクリエイティブになること




著者プロフィール
石渡 嶺司(イシワタリ レイジ)

1975年北海道札幌市生まれ。私立北嶺中・高等学校、代々木ゼミナールを経て東洋大学社会学部社会学科に入学。卒業後、派遣社員、無職、編集プロダクション勤務ののち、2003年にライターとして独立。以後、大学・教育問題や学生の就職活動などを中心に評論・執筆活動を行う。全国の大学を見学して回り、2008年現在、300校を超える。著書は『転職は1億円損をする』『最高学府はバカだらけ』のほかに、『進路図鑑2010 』(光文社ペーパーバックス)などがある。2008年11月に刊行の『就活のバカヤロー』(光文社新書)が10万部を超えたほか、過去の著作はすべて書き下ろし・黒字化していることが自慢。

「ライター石渡嶺司のブログ」

 






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