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 今回は、陶芸教室を開いている新堀恵理さんのお話です。就職した会社を辞め、陶芸の道で再出発することを決めた新堀さん。アルバイトでお金を貯め、陶芸の専門校や修行として各地の窯元に通いました。その後、自分の陶芸教室を開き、充実した仕事ができるようになったと言います。【独立・起業ストーリーのバックナンバーはこちら】



「制作から販売まで自分で」を陶芸教室とうつわ雑貨店で実現

 東京・目黒区で陶芸教室を開いている新堀恵理さん。最寄り駅から5分程歩くと、茶色の木材で彩られたうつわ雑貨店「器器器(ききき)」が見える。店頭には、湯呑み、お皿、花瓶等、若手作家達の作品が並ぶ。店舗の奥には、陶芸工房兼教室がある。

 新堀さんはもともとカメラマンを目指していた。撮影スタジオに就職した1年目に、陶芸家に転身することを決心。大きく方向転換し、自分らしい世界を見つけた。

 陶芸は、「最初から最後まで、自分の手で作りたい。そして販売するところまで、すべてを見届けたい」という新堀さんの願いを叶える分野だった。また「創作活動における自由さ」も魅力のひとつ。

 「陶芸は作り方にこだわらず、自由な発想でできます。粘土は、どのような形にもなります。作り方には種類がありますが、基本的に自由。焼き物は、色付けや焼成によって、想像通りの作品ができない場合も多くあります。思いがけなく面白いものができることもある。それが、焼き物の魅力です」

のんびりとマイペースに生きたくて、陶芸の道に

 東京・目黒区で生まれた新堀さんは、都会的な遊びより、自然の中で過ごす時間が好きだった。「小さい頃は、家族で河原に行き、兄達と一緒に泳いだり、岩からダイブすることが楽しかったです」。高校卒業後の進路として、“写真”か“陶芸”で迷った。結局、写真の専門学校へ進んだ。卒業後、撮影スタジオにカメラマンのアシスタントとして入社するが、現実は憧れていた世界と違っていた。

 「モデルや空間の選定、衣装のスタイリング、ヘアメイク、撮影まで、写真のすべてに関わる仕事がしたいと思っていました。ところが目の前にあったのは、すでに決まったモデルと衣装をキレイに撮る仕事。そのような毎日に魅力を感じませんでした。また、スピードが速く、追い立てられるような世界に抵抗があり、もっとのんびりとマイペースに生きたいと思いました。そして、陶芸の道にどうしても進みたくなったのです」

 21歳のとき、働きながら、陶芸教室に通い始めた。「粘土が、さまざまな形になっていくことが面白い」と、本格的に習いたくなった。同時に、将来の目標がしっかり定まる。

 「将来は、作品を売る店だけでなく、陶芸教室を必ず開こうと考えました。陶芸を仕事にするにしても、物価の高い東京では、器を売るだけでは食べていけないだろうと思ったのです。陶芸教室をメインに、自分の作品を置く店を併設することにしました」

 陶芸教室には淡々と通い、教室が終わっても生徒達との交流はなかったと言う。「教室では黙々と作品を作って、さっさと帰宅していました。実は、そこがつまらないなあと思っていたのです。教室終了後、お茶しながら、楽しくおしゃべりができれば良いのになあと。私が教室を始める際には、もっと先生や生徒の素性を知りながら、楽しくしゃべることができる雰囲気にしたいと思いました」

 小学校時代からの親友だった村石奈津代さんに陶芸教室に通っていることを話すと、美大に通っていた彼女も陶芸に興味があると言う。彼女から、愛知県瀬戸市にある陶芸の職業訓練校、愛知県立窯業高等技術専門校のことを聞いた。「職業訓練校なので、授業料は無料ですが、生活費は必要でした。そこで彼女と2人暮しをして、一緒に学校に通おうという話になりました」

 それから1年半働き、生活費を貯めた。その後、新堀さんは村石さんと一緒に、愛知県立窯業高等技術専門校の陶磁器製造デザイン科に入学。「学校の課題制作は忙しかったのですが、その合間に、野菜を育てる等、生活を楽しんでいました。その時初めて東京を離れましたが、田舎の暮らしは自分に合うと感じました」

 卒業後、岐阜県土岐市駄知町の窯元に就職。陶器を作る工場で、絵付けの仕事を主に行った。次のステップとして、さまざまな窯元を訪れて修行。アルバイトをしながらお金を貯めては、福島や四日市にある知り合いの窯元や陶芸家・内田鋼一氏の元へ手伝いに行った。お金がなくなると、東京に戻ってアルバイトをして、また窯元に行って……という生活。「行きたい! と思った時にすぐ飛んで行けたので、楽しかったですね」(次ページへ続く)


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INDEX
マイペースに生きたくて、カメラマンから陶芸家に転身! 教室と店舗、両方の運営が生み出す相乗効果
「制作から販売まで自分で」を陶芸教室とうつわ雑貨店で実現

のんびりとマイペースに生きたくて、陶芸の道に

アルバイトして貯めた300万円と融資を合わせ、600万円で開業

建設中の教室のヨコに看板 見ていた近所の人が生徒に

実のお母さんが看板娘 お客さんが話をしたくて通ってくる

ホームページが一番の集客手段 チラシは店頭に置くだけ

焼き上がるまでわからないのが陶芸の魅力




著者プロフィール
滝岡 幸子(タキオカ サチコ)

経営コンサルタント・中小企業診断士、有限会社ポテンシャル 代表取締役、『ひとり起業塾』主宰。
大手外資系コンサルティング会社を経て独立。中小企業向けの経営コンサルティング業務を中心に、新規事業開発、企業研修、講演、各種メディアでの執筆連載など多方面で活躍中。小資本、低リスクで身軽に起業するノウハウを伝える「ひとり起業塾」を主宰。著書に『図解 ひとりではじめる起業・独立』(翔泳社)、『はじめよう!移動販売』(同文舘出版)がある。






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