こんにちは。最初にお知らせです。
書籍『クビにならない日本語』を7月2日に出版させていただきます。
内容は、半分がこの連載から、残りは書き下ろしです。この連載を読んでくださっていた方は、ご一読いただければうれしいです。
今回は、本のダイジェスト……だとつまらないので、本の概要がわかりつつ、この記事単独でも役立つようにしておきましたので、こちらはこちらでご一読いただければ幸いです。
「人は人を減点法でしか見ない」という現実
人による人の評価は残念ながら減点法で決まります。なぜなら、人というものは自分以外には無関心であり、いいところを見つけようなどという努力をする人はごくわずかです。なぜなら、人のいいところを見つけても、見つけた側がさほど得をするわけではないですから。
たとえばあなたの職場の人に評価をつけていくことを想像していただければと思います。「よいとか悪いとかは特に思わない」という人が多くて、数人について「あの人はちょっと問題がある」と思う程度でしょう。あまり関心がないから、「よいとか悪いとかはない」のであり、その中でも、思わず目についてしまうレベルの欠点を持つ人が「あの人は問題」と評されるのです。
さすがに直属の上司であれば、「適材適所」と考え、あなたの能力を最大限に生かす方法について考えるでしょうけれど、それでも、どちらかというと、スキルの有無を正確に見定めて仕事を配分しているかというと、そんなことはなくて、「頼みやすい人に頼む」というのが実情ではないでしょうか。
こういう現実を見るにつけ「いいところは見なくて悪いところだけが目につく…人間ってなんて汚いんだろう……さよなら人類!」と思って暗澹たる気持ちになるかもしれませんが、それは考えようです。「抜きん出るために無理をする必要はない。なぜなら無理をしても見ている人はそんなにいないのだから。つまり減点されないようにすればいいんだ」と思えば、けっこう人生は楽であることがわかるはずです。
「とりあえず減点されすぎない」と気をつければOK
たとえば恋愛においては、「他でもないこの人とおつきあいする」という意味があった方がよいでしょう。通常は一人しか選べないので、「可はないけれど不可もない」というのだと、ちょっと選びにくいのですが、仕事はその点、非常に楽です。少なくとも「クビにならない」というレベルであれば、「減点されすぎない」ことが重要でしょう。人よりすぐれた能力を発揮できるのはごく一部の人ですし、多くの人は平社員としてサラリーマン生活を終えるのですから、そこでズバ抜けた何かを発揮する必要はありません。
若い人の場合は「やりたいことをやろう」とか「個性を伸ばそう」という教育を受けてきて、個性を強制されたり、人生において特にやりたいこともないのに、痛くない腹を探られたような気持ちになったりしているのかもしれません。もちろん、個性を伸ばしたい人は伸ばせばいいし、やりたいことがある人はやればいいとは思いますが、強制されても困りますよね……。
「個性を伸ばそう」とか「やりたいことをやろう」、というのは、あくまでもタテマエの話なので気にしなくても大丈夫です。さすがに「サラリーマンは兵隊でOK。一人倒れても同じスペックの別人を連れてくればよい」などというグロテスクなホンネを開陳されたところで、それはそれでこちらもドンヨリしてしまいますし、「自己実現を労働において成し遂げよ」とすれば、「賃金のために仕事をする」というスタイルよりも生産効率は上がる場合があるからです。
ということで、仕事においてやりたいことがないとかいう場合は、「減点されない」ということに気をつけてみれば楽になれるはずです。



