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 今回は、ダイレクトマーケティングに特化した広告代理店を経営する山本篤廣さんのお話です。営業職を10年続けた頃、勤務先が事業から撤退することになり、多くの案件を抱えていた山本さんは、起業を決意しました。それまで、社長になることはまったく考えていなかったそうです。【独立・起業ストーリーのバックナンバーはこちら】



ダイレクトマーケティングに特化した広告代理店を起業

 ダイレクトマーケティングを得意とする広告代理店、株式会社アドブレイブ代表の山本篤廣さん。広告代理店の営業を約10年間経験した後、独立した。起業のきっかけは、勤務先の事業撤退。転職4回目で社長業に就くまで、「社長になるとは思っていなかった」と言う。

 山本さんは、1972年生まれ。高校生の時から雑誌『広告批評』を読む程、テレビ広告に関心を持っていた。当時、あるテレビCMに衝撃を受けた。それは、国鉄が民営化されJRになった当初に小泉今日子が出演していたもの。CMの途中で「続きは、15秒後に」と言い、違うCMを挟んでまた同じCMの続きが放映された。「『こんなCMがあるのだ、面白いなあ』と思い、広告に興味を持つようになりました」

 学生時代からアパレルや広告代理店でアルバイトを経験。就職活動の際、広告代理店かアパレルで働こうと考えた。当時、広告代理店へ就職したい学生が多く、周囲の友人達も月並みに広告業界への就職活動を始めた。「僕はあまのじゃくなので、皆が同じように広告代理店を受けたことに興醒めしました(笑)。そして、僕はアパレルに行こうと決めたのです」。

 大学卒業後、洋服やジュエリーを扱うアパレル会社に就職。女性向け洋服店で店長として1年働いた頃、その会社が洋服販売事業から撤退することになった。社会人1年目で閉店作業を経験。社内の他部門には関心がなく、転職活動をすることにした。

 次は、ラジオの広告代理店に入社し、営業職に就いた。高級住宅街向けのフリーペーパーの立ち上げに携わり、広告の販売を行った。質の良い紙を使用し、各家庭にポスティングするマガジンタイプのフリーペーパーはめずらしかった時代。今でこそフリーペーパーという媒体は世間に浸透しているが、当時は営業先での説明に時間もかかった。「まさに“地を這う営業マン”という感じで、地道な広告営業でした」

 5年間働いた後、「経験を積み、ある程度やり切った」という気持ちになり、転職することを決めた。「基本的なスタンスとして、月に22日間、1日8時間も働き、仕事にはプライベートよりも長い時間を使っているので、仕事は楽しくやりたいと考えています。転職で働く環境を変えられるなら、大きなチャンスだと思いました」(次ページへ続く)





著者プロフィール
滝岡 幸子(タキオカ サチコ)

経営コンサルタント・中小企業診断士、有限会社ポテンシャル 代表取締役、『ひとり起業塾』主宰。
大手外資系コンサルティング会社を経て独立。中小企業向けの経営コンサルティング業務を中心に、新規事業開発、企業研修、講演、各種メディアでの執筆連載など多方面で活躍中。小資本、低リスクで身軽に起業するノウハウを伝える「ひとり起業塾」を主宰。著書に『図解 ひとりではじめる起業・独立』(翔泳社)、『はじめよう!移動販売』(同文舘出版)がある。






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