働きはじめたのは「生活するため」が目的だった
まず、辻三千代さんの経歴を紹介しておこう。1971年に日本女子大を卒業し、M百貨店に入社する。企業内研修などの業務に携わり、5年後の1976年に結婚退職。以降、3人の息子さんに恵まれ、主婦として生きていくはずだった。
しかし、夫の海外赴任で同行したコスタリカから帰国して1週間後に、夫が突然失踪する。失意の中、3人の子どもを抱えて上京し、紹介された服飾メーカーで働き始める。そして5回の転職によりキャリアを重ね、55歳の時に公募による採用で自由が丘産能短期大学の教授になる。現在は産能大学に移籍し、経営学部教授としてホスピタリティマネジメント(コミュニケーション)やキャリアデザインなどの講義を行う身だ。その実体験に基づく理論展開には説得力があり、親しみやすい人柄に惹かれる学生も多いという。
こうして経歴を見るだけでも、波瀾万丈な人生であることが察せられ、特異な人のように思われるが、辻さんは「ただ、真面目に働き続けてきただけ」と笑う。
「働きはじめたのは、とにかく生活するため。3人の子どもを手放さずに暮らしていくためには、私が生活の糧を得るしかなかったんです。でも本来、働くことの一番の目的はそこにあるのではないでしょうか。だからこそ、どんなにつらくてもがんばれた」
働きはじめてしばらくたつと、教師であった両親が常々口にしていた「1人の大人として自分の足で立つために仕事をしなさい」という言葉を思い出すようになったという。幼い辻さんの心の奥底に沈んでいた潜在的な”仕事への憧れ”。奇しくも、夫の失踪によって自分の足で立たざるを得ない状況になって、辻さんはメッセージに込められた「自分の足で立つことの厳しさと喜び」を知るようになったのだ。
「正直、はじめの頃は無我夢中でした。でも、自分の足で立つというのはたいへんだけれど、自由。それに気づきはじめた時、ようやく本来の自分が少しずつ見えてきたんです」
小さな成功体験を積み重ねて「やり遂げる」喜びを知る

3人の子どもを抱え、実家に身を寄せるか、自分で働くか。人生の岐路に立った時、辻さんはすぐに「働くこと」を選択した。しかし、専業主婦としての8年は大きなブランクに思われる。再就職に不安はなかったのだろうか。
「なぜか、大丈夫でしたね。何もできないと客観的には思っていても、以前務めていた百貨店での経験や、上司の『あなたはできる人だから』というような言葉が自分の中に残っていて根拠のない自信があった。若さゆえの自信、まあ、過信ってことでしょう(笑)。でも、それがあったからこそ、新しい一歩を踏み出すことができた」
子ども時代に誉められた思い出、大卒で入った百貨店での成功体験。そんな記憶の積み重ねが、辻さんの背中を押してくれたのだという。
「何かをしなければ成功も、失敗だってできないんですよ。どんなことでもいい、働くことで小さな成功体験を得ることが、次の仕事へのエネルギーになるんです。どんな仕事でも自分なりに課題を設定すると面白くなるし、達成すればうれしいもの。たとえば、単調なDMの発送作業も1分で何通きれいに封入できるか、なんて決めてやってみる。ちょっとした工夫で仕事が楽しくなるし、能率も上がる。そもそも、小さい仕事を楽しめない人が、苦難も多い大きい仕事を楽しめるはずがありませんからね」
しかし、自分に合わないと感じられる仕事には、なかなかモチベーションが上がらないもの。辻さんでも、失敗や左遷といったネガティブな経験をすると「やる気がない」気分に陥ることがあったという。しかし、辻さんは「自分の内面の葛藤なんて、会社には関係ないはず。やる気のなさを仕事ができないことに紐づけるのは甘え」と手厳しい。むしろ「モチベーションなんて、なんでもいい」という。(次ページへ続く)



