キャリアの「物語」は、あとから振り返るもの

専業主婦から再就職を果たし、3人の息子を抱えながら働き続け、5度の転職の後に大学教授になった辻三千代さん。その経緯は前半で紹介した通りだが、改めてその軌跡を振り返ると、はじめから1編の物語として筋書きがあったかのような錯覚に陥る。
「考えてみれば、結婚前にM百貨店に就職した時も『教える』という仕事に漠然とした憧れを持っていたんですよね。おそらく両親が教壇に立つ姿が、強烈に刷り込まれていたのでしょう。そのあとも無意識に『教育に関する仕事をしたい。人と一緒に学びたい』という思いが仕事を選ぶ基準になっていたようです」
しかし、組織はチームプレイ。必ずしも希望した職種に就けるとは限らない。業を煮やして異動希望を出しても人事からは色よい返事はない。そうなれば、もはや転職するしかないのだろうか。
「それはちょっと待ってと言いたいですね。ビジョンを持つ弊害としてもお話ししましたが、『〇〇になりたい』『私には〇〇が向いている』という短絡的な思い込みが、キャリアの一番の障害になると思うんです。ちょっと極端ですが、たとえば『大女優になる』という夢。たしかに女優さんは華やかなイメージがありますが、実際には台詞覚えや芝居の稽古、スタッフとの打ち合わせなど、地味な仕事も多いはずですよね」
職業名より、「要素」を意識して仕事をすることが大切
その地味な仕事の積み重ねが、大女優としての土台をつくっていく。地道な作業を軽んじたり、努力を惜しんだりしては、「大女優になる」という夢はとうてい叶えられないだろう。しかし、この仕事は、将来自分の夢につながるかもしれないと思えば、苦手な作業にも積極的に取組める。それどころか、いつの間にか、その地味な仕事のほうが、華やかな「女優」の仕事より自分に合っている、などという発見もあるかもしれないのだ。
「仕事はイメージより、“要素”で考えるとよいのではないでしょうか。たとえば、私の友人はやり手の編集者でしたが、退職後、清掃会社に就職したんです。みんなは驚きましたが、私は驚かなかった。実際、あっという間に彼女は清掃現場の数多くのスタッフを束ね、清掃業務を完ぺきにこなして、ビルのオーナーやテナントの信頼を勝ち得ました。
彼女の好きなこと、得意なことは『さまざまな人に仕事の指示を出したり、任せたりしながら、仕事の精度を上げる工夫をすること』。それが本当に楽しいと言っています。編集者の時も清掃婦となってもそれに揺らぎがないから、仕事に情熱を注ぎ続けられるのでしょう。そして彼女はあっという間に、その現場の責任者になってしまいました。今でもスタッフの先頭に立って清掃をしていますよ」
辻さん自身も企業研修の営業担当者として外回りを担当していた頃、自分が研修講師だったらどんな風に研修を進めるだろう、と想像しながら企画書をつくり、クライアントに提案していたという。その結果、営業先に信頼され成約につながった。それだけではなく、講師としてその研修をやってくれないかというリクエストまで来たという。
「結局はそれが上司の反感を買い、転職のきっかけとなるのですが、普通の企業であれば実績をあげている『できる人』を放ってはおきません。現在の仕事に情熱をかけて成果をあげていれば、見ている人はちゃんと評価してくれるのです。企画職をやりたいのに営業職になったと嘆くのはナンセンスです。自分が『企画』が好きと思うなら、営業に『企画』の情熱を注げばいいんです。それが実際の営業活動の成果に現われれば、道は拓けます」(次ページへ続く)



