司法試験18連敗!から一流弁護士になるまでの半生

今回ご紹介する弁護士の鳥飼重和さんは、日本経済新聞社の「活躍した弁護士ランキング」で2005年から4年連続ランクイン。現在40名以上のスタッフを率いる弁護士事務所を経営し、専門とする税務訴訟では87.5%(2008年度)という驚異の勝訴率を誇る、日本を代表する弁護士の1人です。
そんな目覚ましい活躍を遂げている鳥飼さんですが、司法試験合格を果たしたのは39歳のとき。20代・30代は決して順調な人生とはいえませんでした。
「仕事に夢が持てない」
「会社の仕事にやりがいが感じられない」
「今の自分は何も成し遂げていなくて中途半端な気がする」
日ごろそんな閉塞感を感じている方も、鳥飼さんの波乱万丈な半生と不屈の精神に裏づけされた珠玉の言葉の数々を聞けば、きっと「自分も頑張ってみよう」という勇気と希望が持てるようになるはずです。
39歳で司法試験合格を果たした心の原動力とは
(以下、鳥飼さん談)私は大学3年生から39歳で合格するまで、司法試験には18連敗しています。ある時点から、弁護士以外に自分の進む道はないと思っていましたから、私にとって、受験を続けるのは当然のことでした。
父は税理士事務所を経営していたのですが、子どものころ、「お前は弁護士に向いているから法学部に進むといい。弁護士になればお前は絶対に成功する」と言われました。
私はどちらかといえば公認会計士に興味がありましたし、その後も特別「弁護士」という職業を意識していたわけではなかったのです。たまたま高校3年のとき、授業で将来の夢を聞かれた際、とっさに口から「弁護士です」という言葉が出てきたんですね。 父のひとことで、無意識のうちに「弁護士」という目標が自分の中にできていたのかもしれません。
一方、母は何があっても私を信じてくれる人でした。いつも、「お前は何をやってもうまくいくから、好きなことをやりなさい」と言ってくれました。
そんな母は毎年お正月になると、成田さんの新勝寺の近くの占い師に、家族全員の運勢を易でみてもらっていました。運勢は生年月日を元にみるので当然、毎年同じ鑑定結果ではあるのですが、それでも毎年成田山で易をみてもらうのが鳥飼家の恒例行事だったんです。今でも鑑定結果の写しを持っていますが、私の人生は大器晩成だと書いてありました。若いうちは苦労するが、人生の後半は大きな成功を収める人生だと。
もちろん易の結果がすべてではありませんが、そんなこともあり、父も母も、たとえ時間がかかっても、自分の息子は必ず司法試験に合格して弁護士として活躍できる人間だと信じてくれていました。
私が試験に何度落ち続けても怒ることはありませんでしたし、もう諦めろとか、向いていないとか、そういうことを両親から言われたことは一度もありません。もっとも父からは、「俺が死ぬまでには合格してくれよ」とは言われていましたが。今考えても、自分の周りの人が自分を信じてくれていることほどありがたいことはなかったと思います。
親に対する感謝の気持ちというのは、実際に自分が親になってみないとなかなかわからないものです。しかし年齢を重ねるにつれ、親というものは、直接的にも間接的にも、自分の人生の基盤となる軌道を作ってくれる存在なのだということを再認識させられます。
職業についても生き方についても、誰でも暗に両親の影響を受けているものなのです。ですから皆さんも、ご両親への感謝の気持ちをぜひとも忘れずにいてほしいと思います。(次ページへ続く)



