スピードワゴン小沢、35歳にして35歳をテーマにした小説を書く
35歳は、「転職限界説」が1つの例であるように、何かとキャリアについて考えざるを得ない節目の年だ。それは、会社に勤める身でなくても同じらしい。15歳で働き始め、25歳で上京したお笑いコンビ スピードワゴンの小沢一敬は、35歳ではじめての小説に挑戦、36歳で『でらつれ』を書き上げた。
それも、同じく35歳になった18人が登場する、オムニバス形式の短編集だ。本人のこだわりで、彼らの単独ライブのプログラム同様、「すべての話の表現方法が異なる」という。しかも、なかには小沢自身が経験した「実話」も盛り込まれているというから驚きだ。
スピードワゴンといえば、キザな小沢が繰り出すセリフを受けて、井戸田が「あま~い」と叫ぶネタがあまりにも有名である。しかし、「爆笑オンエアバトル」などで彼らの漫才を目にした人なら、小沢がボケとして繰り出す「青春物語」に引き込まれた経験があるはずだ。彼が書き上げる物語には、どれもノスタルジーを漂わせている。それは『でらつれ』でも同様である。
結成12年目を迎え、メディアに欠かせない存在となったスピードワゴン。その「頭脳」としてアイデアを出し続ける「小沢一敬」は、どのような経験を経て今に至り、これから何を目指すのか。その半生に迫る。

――小沢さんがお笑い芸人になるまでを教えてください。
15歳で家を出て、1つ上の先輩と一緒に住み始めました。仕事はパン屋から始めて、建築現場や雀荘の店員まで、いろいろやりましたよ。家が貧しかったんで中学生の頃から新聞配達のアルバイトをしていましたけどね。
20歳くらいまでそんな暮らしを続けていたんですが、そろそろまわりが結婚して子どもが生まれたりして、定職につき始めたんです。そんなある日、友達と一緒にテレビを見ていたら、お笑い養成所が名古屋にできる、芸人募集中だとCMが流れて。その友達に「一緒にやらねえ?」って誘われて、「いいよヒマだし」ってコンビを組みました。周囲の影響を受けて、足元を固めたくなったのかもしれませんね。
はじめて作ったネタは、「子どもの名前何にしよう。オレ、『小沢ー』にした。『一(イチ)』って書いて『ハジメ』? いい名前じゃん。いや違う、『小沢ー(伸ばし棒)で『おざわー』って読む」っていう。今なら誰にでも思いつく恥ずかしいネタなんですけど。この頃からネタは僕が作ってましたね。
――ネタはどんなふうに作るんですか?
ネタや小説を書くのって、「1から10」にしていく作業と、「0から1」を生み出す作業があるんですよ。「0から1」は、距離にすると「1」なんだけど、「1から10」よりずっと遠いっていうか、たいへんなんです。逆に「1」が出たときには、なんとなくゴールが見えていますね。「1」が出るのは、歩いているときや、車に乗っているときです。
ネタはノートに手書きで書きますが、今回の小説を書くにあたってパソコンを買いました。あと必要なのは、タバコと音楽かな。なぜ音楽かって? 映画が好きだから、映画みたいな人生を生きたいんです。映画はどのシーンも、バックに音楽が流れているでしょう。僕の人生も、そうしたいから。(次ページへ続く)



