仕事の楽しさと生産性の関係
「何のために仕事をしているのか」と聞くと、「お金のため」と答える人もいらっしゃるでしょうけれど、本当にお金のためと思って働いている人はむしろ少数です。
なぜなら話は簡単で、起きている時間のほとんどを費やしている「仕事」という不可思議な活動に、生活の糧を得ること以上の意味付けをしておかないと正気を保つのは難しいからです。「お金のためにいやいや仕事をしている」という事実と向き合いながら仕事を続けるには、正気といえないくらい強靭な自我を構築する必要があるのです。
意外にもロングランになっておりますこの連載『革命的サラリーマン宣言』。今回はちょっと不穏なスタートを切ってしまいましたが、生産性と仕事の楽しさについてのお話をさせていただければと思います。
割り切っている方が生産性が上がる
生産性を、「時間あたりどれだけの利潤をもたらすか」と定義した場合、仕事が嫌いな方が生産性は上がります。なぜなら一刻も早く会社を出て、ええ女とデートしたいなどと思うがあまり、無駄なことはやらなくなるからです。
ごくごく単純な例で考えてみたいと思います。たとえば、居酒屋チェーン店で新メニューでイベリコ豚のなんちゃらかんちゃらを出すとして、メニューにつけるコピーを考えてみましょう。とりあえずノーマルな豚と比べてイベリコ豚というのは高いわけですから、「イベリコ豚です」だけだと納得してもらえない。そして、安さが売りの居酒屋チェーン店だと、イベリコ豚の何たるかをご存じない方もいらっしゃるでしょう。
以上を踏まえてイベリコ豚のハムのメニューがあがってきたとします。

こういうの、居酒屋ではよく見かけますが、話し言葉を直して、フォントも変えたりしてみましょうか。

前者と後者だと売上に差がつくかというとつきませんよね。仮についたとしても、ほんのわずかなので関知できないはずです。
メニューを読む方は適当な気分で読んでいますし、そもそも多少言葉遣いが変であったとしても、「この言葉が気に入らないから頼まない」という気持ちにはならないからです。
「じゃあお前は最初のたどたどしいメニューを自分のかかわった仕事として外に出すのかい!」と聞かれたら、ノーと答えるしかないですね。たとえ、名前が出ないからといって、あんまりダサいものを世に出したくはないという気持ちがどうしても働いてしまうからです。1分足して、もう少しちゃんとした文にします。その1分でお客さんが増えることはないでしょう。そこで、仕事の生産性とは相反する「こだわり」が頭をもたげてくるわけです。
もっと細かい例で言うと、企画書もそうですよね。エクセルで作るとして、大事なところ以外は、なにも設定しなかったときはこうなります。

しかし、ちょっとメリハリがあった方が楽しいかも、と思って、グラフの体裁や文字をいじってしまいますよね。たとえばこんな感じに。

グラフを見た人にとっては、パッと見て把握できればよいはずで、その意味ではいじらなかったよりも生産性は悪くなっているかもしれません。それでも、ちょっと気になってしまうといじくりたくなりますよね。
このように、サラリーマンの仕事は、瞬間瞬間で生産性に関係のない仕事がけっこう出てきます。よく、労働者は非人間的な仕事を要求されるような言い方をする人がいますが、それは気のせいです。仕事というものは、むしろヒューマンすぎてめまいがするくらい暖かいものなのですよ。
どうしようもないほど忙しい場合は別ですが、そうでないときは、生産性と関係ない「こうしたい」という気持ちが頭をもたげてしまいます。もし、本当に生産性だけを考えているのであれば、このようなこだわり時間を減らしてしまえば、塵も積もって30分は早く帰ることができるのではないでしょう。が、冷徹にそれをやってしまうと、多くの人は何のために生きているかわからない状態になってしまうに違いありません。



